2019年7月24日水曜日


ネタバレを望まぬ者、読むべからず

『天気の子』を拝見して思うところを書きたい。

その前に、肝心要のお断りを述べたい。

これは、とても素晴らしい作品であると感じ、だからこそ色々と想像力を刺激されているがゆえに書かれた文章であって、ディスりたい気持ちなどこれっぽっちもないということをご了承頂きたい。

たとえば漫画家やイラストレーターが、とても素敵な他社のキャラクターと遭遇した結果、「自分だったらこう描く」などと、仕事しろよ、と誰もが言いたくなるであろう絵をほいほい無償で公開することがある。
以下の文章はそれと同様の気分で書いてあるのであり、特段、誰かにもの申したい気分などこれっぽっちもないことをお断りしたい。


というわけで。
『ハウス・ジャック・ビルド』が大変マーベラスであり、『スパイダーマン・ファー・フロム・ホーム』がエキサイティングであり、『トイ・ストーリー4』がエモーショナルであり、そそくさとかつ意気揚々とビールを鯨飲しながら『天気の子』を観劇したところ、まったくもって遜色ないジャパニメーションにわくわくした次第。

序盤、特段に言うこともなく、満足。
 (一点だけ最後まで悩ましかったことはあるが、それは最後に書く。)
中盤、ますます言うこともなく、大満足。

「みんなで逃げる」ことを決めてのちの終盤。
「自分が小説で書くならこうする」という、いつもの気分が勃発し、それがむしろ大変心地好かったので(素晴らしい作品に後からこうすべきと意見を述べるのはそれだけ楽しかったからであって、塗り絵に色を塗るようなものだ)、おおまかなところを下記に述べたい。


さて終盤。

1 ラブホテルという高額な避難所にして一夜の憩いの場と、凍える冷気に耐えねばならないどこかの路上(屋根つき)のシーンの順番と意味を逆にする。
2 ヒロインが主人公に料理を振る舞った際の「ハサミ」の描写。
3 主人公のキーファクターである拳銃。
4 終盤になって強力な意味をもたらす手錠。
5 主人公が戻らざるを得なかった島。
6 「天気の子」というテーマにおける、晴れと雨、アカシとクラシ。主人公とヒロインの立場の変転について。
(7 序盤から妙に気になり続けた点。最後に書くと先述した点である)

これら六点(七点)について、自分ならこう書きたいなあ、という気分に従って書きたい。

1 順番を逆にする。
ラブホテルというものは、昭和映画における、「最後の避難所」である。
その文脈を大いに活用しており、「夜が明けたら出て行かねばならない、いわば絶望を受け入れるための最後の場所」であることが描かれている。そして自分なら、こう描きたいという気持ちが大いに刺激される。

問題は、風雨をしのげるラブホテルのぬくぬくした状況で「晴れてほしいか」と質問され、しかも前段で「命や存在にかかわる」ことを明示された挙げ句、イエスと答える主人公を、もっとこうしたら良いのではないかという点である。

結論から言って、その前のシーンで凍えている描写があるので、順番を逆にし、そこを「晴れてほしいか」と問うシーンにすればいい。

いったんラブホテルに首尾良く入り、有り金をはたいていっときのぬくぬくを得て、ヒロインの悲劇的な告白を主人公が受け入れてのち。
ヒロインを守りたい主人公であるが、金もなくなり、行き場もなくなり、ただ屋根のある路上で、三人ともに凍えて寝るしかないそのとき。
極寒がもたらす生命の危機において、意識朦朧とする主人公に、ヒロインが尋ねるのが、「晴れてほしいか」ではどうだろうか。
主人公はヒロインの弟とともに『火垂るの墓』なみに消耗しきり、意識も混濁する状態で、「うん」と言ってしまう。
微笑むヒロイン。
眠りに落ちてしまう主人公。

そして朝が訪れたことに気づき、目覚める主人公と弟。そのもとにのみ届けられている、ヒロインがその存在の最後の名残をかけて残した、か細い日差し。その温もりが、ラブホテルと等しく、あるいはそれ以上に、主人公と弟を生存させたわけである。
だが、彼らの傍らには、ヒロインの抜け殻そのものである衣服があるばかり。

こうすると、終盤、弟が「お前のせい」と主人公を咎めるセリフも、弟の内心では「自分もそれで温もりを得た」という悲しみが上乗せされるので、ますます高揚感が期待できるセリフになるのではないか。

2 ハサミ
ヒロインが主人公に初食事を振る舞うシーンで、鮮やかに振る舞われるのはハサミの描写である。
包丁の代わりにハサミを使うヒロインの「生活力」と、それを身につけねばならない「貧乏くささ」の描写であるといえば、それで完結してしまう。
だがこれを終盤に活かせないだろうか。
というのも、ヒロインは最後の決断によって、「積乱雲の生態系」に自ら赴くことを決めるわけである。
そして積乱雲の頂上に横たわるヒロインに、謎の魚たちが群れ集っているのである。
この魚たちは、何をしているのか? ヒロインを餌だと思って食いたいのか? あるいはヒロインに何かを促しているのか? ヒロインを新たな共存者とみなし守っているのか?

こうした疑問に、ある程度の解答を与えるため(全面的に解答を与えてしまうと、謎の魚の神秘性が失われてしまうので)、ヒロインと地上をつなぐ、細い糸みたいなものがここで描写されるとどうだろう。
そしてまた、ヒロインが積乱雲にのぼってのち、奇妙なことに手にしているものが、ハサミであったらどうだろう。(魚たちが地上からヒロインが使っていたハサミを持ってきてもいい)

もちろん、ここでヒロインがハサミを持っているという必然性を生むためには、彼女が持つハサミに何かの意味(たとえば母親が同じようにハサミでネギを切っていたなど)が必要になるだろう。
なんであれ、ヒロインは魚たちに促されるようにして、自分と地上とをつなぐ、最後の何かを、おのれが手にしたハサミで切り断ってしまう。そのことによって、主人公と弟がいっときの命を得る、というシーンを加えてはどうだろうか。

こう書いてきて、むしろハサミの使用はやや強引な気もしてきたが、ここで意図されるべきは、ヒロインの意志の強さである。彼女の文字通りの「決断」によって、大切な誰かの役に立とうとする態度である。
そしてそれが、主人公を最終的に動かす引き金とならねばならない。

3 拳銃
終盤で放り出すなら、最初から持っていないほうがいい。
警察が彼を追ってくる理由としては、強力すぎる。銃刀法違反である。それだけの重責を主人公に与えるなら、彼の「行き過ぎた願望」に直結すべきではないか。

結論からいって、拳銃を片方の手で握り、もう一方の手に手錠をぶらさげたまま、鳥居を通過して積乱雲の頂上へ、「昇天」すべきだっただろう。

というのもヒロインが人柱であるなら、彼女が地上に再臨するためには、「過去に例のない何か」が、積乱雲の頂上で勃発するべきであるからである。

その何かについていえば、「水」と「気」に対し、「火」と「鉄」を持ち込むことは、問答無用のメタファーとして働いていたことであろう。

端的にいって、ヒロインを積乱雲の生態系に飲み込み、迎え入れようとする竜(?)なりなんなりを、主人公が拳銃で撃って、吹っ飛ばし、退けてしまえばいい。

過去何百年(作中の神社の天井画にちなんで)において、そのように個人の都合において、雲上という神聖な場で、火と鉄を行使した人間などいないはずだからだ。

そしてそのような行いをしたからこそ、「天の気の焦点」が、その時点で、ヒロインから主人公へと移行するのである。
結論を先取りしていえば、この瞬間、ハレにしてアカシ(明かし)の子である「晴れ女」のヒロインに対し、主人公が、竜殺しという世界中で見られる神話的行為の結果、ケガレにしてクラシ(暗し)の「雨男」の主人公になればいいのである。

4 手錠
これをわざわざ主人公の手にかけるなら、その意義をはっきりさせるべきであろう。
まず主人公が鳥居へ向かう際、その一方の手に手錠がぶらさがっている。
当然ながら片方の環は主人公の手首につながれていて「閉じている」のだが、ぶらさげているほうのもう片方の環は、「開かれている」べきだろう。
なぜなら、その手錠こそが主人公が振り払い、駆け出してのち背後に置き捨てた全てのメタファーであるのだから。

要は、「主人公は今こそ全てから解放されたのだ」ということを端的に示すものとして使うのであれば、もう片方の環は閉じずにいる状態であるほうが、よろしいのではないかということだ。

そして、「捨てた世界」の代わりに主人公が、何をおのれにつなぎ止めたいのかと言えば、ヒロインしかいないわけである。

なので、ここでも「鉄の行使」といわんばかりに、主人公が拳銃で竜なりなんなりを退けてのち、主人公とヒロインの両手首をつなぐものとして手錠を使えばいい。
主人公が、ヒロインの手を握り続けられず放してしまうシーンで、えいやとヒロインの手首に、開かれたままおのれの腕にぶら下がっている手錠をはめればいい。

そのような手段で、人柱となった者を、再び地上に再臨させた者はいない、というようなニュアンスもそこはかとなくエクスキューズできるのではないか。

鳥居のもとで、地上に戻った主人公とヒロインがともに横たわるとき、互いの手首が手錠で結ばれていることは、まったくもって「個人的な趣味」に合致する。ヤー。


5 島
物語の変転として、東京全域および日本全国が雨にまみれるわけだが、その必要はないだろう。
主人公が、忌視した島にのみ、雨が降ればいい。
つまり、ヒロインは地上に戻った時点で、「晴れ女」の力を失っているが、代わりに、主人公が「雨男」の力をもって再臨したわけである。いわゆる「竜殺し」の祝福であり呪いだ。

主人公が、鬱屈として戻らざるを得なかった島が、三年にわたる雨で滅びに瀕している。そんな中での卒業式となれば、主人公の暗い思いが増長するわけで、しかもそのことで主人公がヒロインと同じく、「代償をどうしようもない」という状況に陥っていればよい。

またこの主人公に対比させるのであれば、終盤の主人公のシーンは、全てヒロインが受けるものにする必要がある。

「世界の形を変えたのがお前らだって?」「思い上がるな」と言われるのも、ヒロインである。
おばあちゃんから、「元に戻っただけ」(主人公の雨男の力の範囲を要考)と言われるのも、ヒロインである。
そのヒロインが、自分のせいで保護観察処分になってしまった主人公に会いに行くにも行けない、という、主人公・ヒロインの逆転を描くべきだろう。

6 主人公とヒロインの変転
主人公が抱えているテーマは鬱屈であり、解放を望んで逃げ場を求める行為であり、逃げ場がないときに暴発してしまう悲劇である。
エンターテインメントを志す人間なら、たいていはこういう気分に襲われて、何かを作るものだろう。何よりその点で、大いに共感させられる作品でありました。

で、ラストでは、ヒロインはとっくに晴れ女の力を失っているべきである。ここは本作と変わらない。
だが代わりに、主人公が雨男になっているべきではないか。
最後に「会う」と決断すべきは、ヒロインの方でいいのではないか。

雨男となってのち、晴れて(ちっとも晴れないが)島を出ることがかなうが、気分はどんよりしたままの主人公のもとを、ヒロインが訪れ、最後にこう問うてはどうだろう。

「晴れてほしい?」
と。

ここで主人公がうなずくことで、物語の変転が描かれる。
ヒロインの力に頼っていっときの避難所を得るのではなく、主人公自身が、その鬱屈した心を解き放ち、おのれ自身のハレにしてアカシを望むことが示唆されるからである。

そして重要なのは、かつてヒロインに、「晴れなくていい」と告げた主人公と、ちょうど逆の現象が起こるということだ。
主人公は、「もう雨は降らなくていい」ということを受け入れる。
そして晴れが訪れる。
個人の願望によるものではない、天然の恵みとしての、真の晴れだ。

晴れ女につづき、雨男となった主人公の力も、こうして完全に失われる。
後に残るのは、自分たちはまぎれもなく天の力にふれた二人だという実感、ただそれだけ。
ハレ(晴)、アカシ(明)、そしてサイワイ(幸)という、神道における三つの理想的なあり方をみせる。

こういうラストはどうだろう。

7 気になり続けた点
晴れ女をヒロインかつ主題にするのであれば、主人公を雨男にするべきではないかと、序盤から延々と思い続けていたところに、「なんでもかんでも対比させたがる」自分の悪癖が顔を覗かせ続けた130分でありました。(その間、とてもわくわくして感動し続けていた)

なので、序盤はラストにある、雨が延々と降り続く島という不思議な場所から始まるのがよいのではないか。その雨をもたらしているのが一人の男であり、「自分がどうして100%の雨男になったか」を語る物語としてスタートしてもいいのではないか。

最後の最後でそれが逆転し、雨も晴れも結局のところ、天の気に委ねることになるが、人はその傘の下で生きていく、という感じで終わらせるとどうだろう。

というような気分が盛り上がり、このような「落書き」に落ち着いた次第。

落書きであるので、それ以上の意味はなく、あの素晴らしい作品にふれた方々が、事後に楽しむ余興の一つとして読んで頂ければ幸い。

そんな余興は要らぬという方は、こんなものを読まずに、あるいは読んだ記憶を消して、あの作品を無心に再見すればいいだけのことだ。

蛇足。
個人的にお気に入りのシーンは、買い物袋をぶら下げた主人公が、「大人の男女」の後を追っていくところ。
少年が必死になって未知の世界に首を突っ込もうとする姿は、いつだって感動的で、それだけで物語の始まりを感じさせられて、強烈にわくわくさせられる。


以上。


2019年3月2日土曜日

【コンテスト】
第2回冲方塾(小説部門)最終選考結果と冲方氏による総評・講評をカクヨムにて公開しました。
https://kakuyomu.jp/contests/ubukata_juku_contest

というわけで、長らくかかりましたが、講評等がようやくアップされたもよう。

今後、小説部門においては、主に早川書房さんとともに受賞者の方々と向き合って参ります。
皆さんと一緒に、小説トレーニングを行う企画も準備中です。

ひとえに研鑽あるのみ!