2011年3月31日木曜日

☆本日のお知らせ☆


冲方丁原作「スプライトシュピーゲル」アワーズでマンガ化
http://natalie.mu/comic/news/47051
 こちらも気づけば発表。
 出版業界も数々の打撃を受けながらも全力で前進中。
 大いに励まされます。がんばれ。がんばろう。


☆本日の一言☆

原発が人類最後の「火」ではないという希望を持つべきだ
 冲方。原子力擁護および脱原発を巡る是非について。
 短期的な脱原発は現実的に不可能だ。今や原発ビジネスは国際的なメインストリームであるという政治的・経済的な判断は脇に置いても、様々な問題に直面するからである。
 まず、いったん建造してしまった原子力発電所を稼働停止させても、かえって安全性が損なわれるという問題がある。また、廃炉を選択したとしても施設を完全に除染・解体するには、一基だけで50年もの作業時間が必要になるという。コンクリートで覆う「石棺」は比較的容易とはいえ、稼働中の50基以上もの施設を同時に廃炉処分にすることは考えにくい。電力確保という問題とは別に、原発は「一度建てたら容易に捨てられない建造物」であることが問題となる。
 大切なのは、こうした「今どうである」ということにとらわれて議論を空転させてはならないということだ。あたかも原子力発電が人類最後でありゆいいつの発電技術であるかのように考える必要はない。求められるのは「原発以上」の優れた発電技術である。
 政府は、今後何十年かは原発に頼ることになる代わり、新エネルギー開発に力を注ぐことを決め、国民に対し「永遠にリスクを背負い続けるわけではない」ことを明言すべきだ。
 原発の数は、国内外で今後とも増えていくだろう。「フクシマ」が最後の原発事故になるとは、誰にも断言できない。国民がそのリスクを正しく知り、新たなエネルギー開発に強い興味を示すことこそ、50年後の新メインストリームの萌芽となる。
 かつて18世紀ヨーロッパでは、大地震による教会の崩落といった事件がきっかけとなって、神が与えた世界の受容という考え方から、大自然を理解し、克服するという考え方へと変わっていったという。そうして今の自然科学思想の原点が築かれたのと同じように、僕たちもまた政治・経済・文化のあらゆる側面から、新たな原点の構築をはかることで、初めて「災後世代」を考えることができるだろう。


よかったです。やっと会えました
 福島県沿岸地域・被災者。地域住民が中心となった捜索活動で、娘の遺体を発見したことについて。「あとは、お母さんとお兄ちゃんだなって、(娘に)話しかけたりしてね」と家族の捜索を続けることを誓ったという。
 原発事故による屋内待避を受けて、福島県の沿岸部などでは捜索が停滞しており、警察や自衛隊、消防隊などが活動しているのかどうかも不明なことが多い。そのため地元住民が自主的に捜索を始めているが、重機がなくガレキが撤去できず、溜まった海水の排出なども行われていないため、難航している。新聞社の報道によれば、今も1900人余の行方不明者の捜索が行われていない。捜索届けが出されていない者をふくめるとその数は数千人にのぼる可能性があるという。
 支援物資も届かぬ地域があり、ようやく復旧のめどがついた東北新幹線でさえ福島市への開通は最も遅れる予定だ。今や当地に施される支援は、原発事故の影響を受けなかった他の被災地に比べ、雲泥の差を呈しつつある。
 

○「戻りたい」「戻ってどうする」
 避難者。福島から移動したものの、交通網の復旧に伴い、当地に戻って何かしなければという気持ちに襲われる者が多い。「被災地に物資を運ぶのではなく、被災者を被災地から出す」ことを主張する冲方も、当然のごとく、心の中では「戻りたい」一心になっている。
 だが、まだ多くの地域が復興以前の「救援」の段階だ。戻ったところで、ただ当地の電気・水・食料を消費し、経済活動が停止した人間を一人増やすだけになる。本当に物資が必要な地域の目の前で、いたずらに物資を消費してしまう。 
 少なくとも、あと数日は待たねばならない。まずはしっかりと県外で体勢を整えて、確実な支援が可能になるよう、新しい生活を手に入れるべきだ。
 理性で感情を抑えつけるのは、本当に苦しい。
 苦しい中で、おのおのが仕事をする。執筆に集中する。試練のときである。
 

2011年3月29日火曜日

【震災に】☆本日のお知らせ☆【負けません】
投稿フォームを変えたら改行できました。


十勝毎日新聞、北海道新聞にて取材を受けました。
下記、十勝毎日新聞、通称「かちまい」さんのHP
http://www.tokachi.co.jp/news/201103/20110327-0008498.php
〆切間際で、掲載されていたことにすら気づかず。我ながら顔が疲れてます。

コミック『天地明察』いよいよスタート!
[天地明察]がマンガ化
http://journal.mycom.co.jp/news/2011/03/25/021/
気づけば公表されておりました。素材が提供されている。僕もまだ見たことない。見たい!
こうご期待!僕も超期待!



☆本日の一言☆

書く側の人間として、どう思う?
 記者。これだけの災害を経験して、エンターテイメントはどうあるべきなのかということについて。
 僕個人にとって、今回の震災は、巨大な主題と発見と課題そのものです。未来と現実と過去が容赦なく問われ、しばらくは問われっぱなしになるだろうと思われます。
 国としては負の遺産であり、県や市としては試練であり、個人としては経済的損失にうんざりし、一人の人間としては悲しみでいっぱいです。
 けれども、作家としては必ずこの災害を財産にしなければと思っております。どんな形で財産になるのかは、まだわかりません。ただ、どんな悲痛も人間は乗り越えていけると信じています。

 ただ、「こういうときこそ」というのは、だんだんと実感がわかなくなってきています。どんなときであっても、やるべきことは変わらない。精一杯、人生を生きる。その延長線上に、たまたま幸いなことに、僕には執筆という生活の「かて」があり、その幸運に感謝しております。感謝するなら、裏切ってはいけない。倒れるまで書くし、倒れたなら起き上がるために書きます。

 事態は最悪、体の調子も疲れすぎていて最低、でもモチベーションは最高に高まっている、そんな次第です。
☆本日の一言☆

OH,FUKUSHIMA!!
 アメリカの人。福島市在住であることについて、早くも「あのフクシマですか」という感じで驚かれるようになってしまった。
 いまや世界で最も有名な都市の一つとなっており、県では大規模な観光キャンペーンが準備されていた矢先であったことから、非常に複雑な気持ちにさせられる。「ヒロシマ」「ナガサキ」のように、力あるメッセージを発することができる都市になれるかどうかが、まさに「被災中」の今このときから、否応なく問われ始めている。


プロがいない災害
 冲方をふくむ地方避難者。今震災の実感である。「地震・津波・原発事故」のトリプル・ハザード、「物資欠乏・電力不足・風評被害」のトリプル・パニック、「生産・流通・消費」のトリプル・ダウン。
 これらが複合的に発生することを前提とした研究も訓練も行われたことがなく、これほどの未知の状況に対して総合的な判断を下せる人物など、そもそもいるわけがない。
 毎日のようにリアルタイムで対処法を「発明」しなければならない有様であり、一人一人が独自に判断し、行動し、情報を解釈し続けることが必要となっている。
 こういうとき、「指示に従うことは必要だが、いつまで経っても下されない指示を待ち続けることは危険に結びつく可能性がある」というのが、個人的な教訓である。 

2011年3月24日木曜日

☆本日の一言☆

ぶっ書いた!
 冲方。書けました! 『光圀伝』第4話、約140枚! 今晩中にゲラ作業だ。あらゆるフォローをして下さった編集さんに感謝です! 震災に負けるな! 水もガソリンもなく家を追い出された怒りは全部原稿にぶつける! 今こそ気力をみなぎらせろ!


FUKUSHIMA 50
http://ja.wikipedia.org/wiki/Fukushima_50
http://media.yucasee.jp/posts/index/7009
 放水を敢行した消防隊員のようなわかりやすい活躍の絵はありません。しかし、今最も危険な場所から撤退せず、国と電力会社のツケを一身に背負って尽力している人たちではないでしょうか。
 その「FACELESS」な無名の英雄たちを、平和になったら絶対に書きたい。小説でもなんでもいい。文字にして二十年後の子供に読ませたい。そう思わされました。


やっぱり天罰だと思う
 石原慎太郎。
 「@asahi_kantei 朝日新聞官邸クラブ
副長官番A)節電の要請に訪れた蓮舫・節電啓発担当相と会談した石原都知事。会談後に「震災への日本国民の対応をどう評価するか」と質問したところ、石原さんは「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べました」

 色々な意味で唖然となった一言。
 何より、かつて彼が都知事選に初出馬した頃のキレがまったく見られない。
 マスメディアは最も簡明な「一言」に焦点を当て、視聴者はその要点を受け取る。前後でいかに異なる文脈が存在しようと、ある一瞬だけが切り出されて世に広まる。たとえ「差別をなくそう」、という趣旨であったとしても、実際に差別主義者の文言を引用しただけで、全体が非難されるべき対象になる。それゆえ「放送コード」があることを、この上なく熟知している政治家だったはずである。
 マスメディアの力学を知り尽くし、ぎりぎりの「暴言」を駆使する。衆目を集め、「対立」や「対立する可能性のある話題」について苛烈な発言をして火に油を注ぎ、誰の目にも対立をはっきりさせたところで、多数者側もしくは有力者側を巧みに擁護し、支持を確保する
 言論を用いた支持者層拡大の見事さに、十年前は、大いに感嘆させられたものである。
 今は、一般市民の目線を忘れた「ズレ」が目立ちすぎる。特定の政治家や市民団体や富裕層の存在ばかり前提にしすぎていて、ごく一般的な解釈をする市民の感覚に訴える発言がなさすぎる。
 その後の謝罪も、消防隊員へのお涙つきコメントも、いかにもイメージ挽回の印象が強い。何より石原都知事自身が、全然乗り気になっていない。彼に影響力を発揮できる人物たちの要請や命令でやむなくやっているというのが伝わってくる。「キレ」があった頃の彼には考えられないことである。
 これでは過去何人もの「すげかえ首相」と同様の、その場しのぎの人気看板登壇と何も変わらない。
 「自己実現」を目指して政治家になった一作家の老境にして最後の見せ場。もう少し、希望を抱かせて欲しいが、最近はだいぶ諦めの気持ちが強い。


青少年保護条例は天下り先を作るためにどうしても必要だった
 関係者。いつの間にか、公然の秘密のように流布されるようになった一言。
 警視庁をふくむ人員配置のための機関設置を目的とした条例であり、要は天下り機関を作る必要に迫られていたのだという。
 真実か否か定かではないが、「青少年保護」のためのメディア検査機関が取り沙汰されるなど、あからさまに本当っぽい動きが見られるようになってきて、だんだんげんなりしてきた。
 原子炉の検査機関に、穀物関税の仕事をしていた人が、天下りとして平然と配置されたりする。専門知識が皆無のままハンコを押すだけの検査官がぞろぞろいる。だんだんと、 「検査官」すなわち「天下り」であり、「素人」である、という印象さえ持つようになってくる。
 公務員も人の子、家族の主。仕事を手に入れ、大いに稼がないといけないのはわかる。だが大丈夫なのか、そんな国で。単純にそう思う。

2011年3月20日日曜日

○産経「被曝覚悟の350メートル」
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110320/dst11032001230006-n1.htm

 危険を熟知した方々の恐怖心はいかほどであったかと思います。勇敢で冷静な消防隊員の方々に心より御礼申し上げます。



○産経「募金活動中の高校生殴り募金箱奪う 千葉・松戸」
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110319/crm11031920050003-n1.htm

 詐欺や強奪の対策など、義援金を(1)集め、(2)保管し、(3)送金し、(4)現地でちゃんと被災地復興に役立てられているか確認する、というプロセスには、想像以上の労力が必要となります。
 募金活動をする場合は、未成年者だけで行動せず、必ず保護者とともに、できるだけ治安の良い場所で行いましょう。
 また、募金に応じる場合は、自分がちゃんと身元の確かな人や組織にお金を渡しているか、何度も確かめましょう。

2011年3月19日土曜日

【ご報告】
・北海道十勝の池田に到着しました。ネット環境等も確保し、ようやく体勢を整えることができています。
・どれだけの長期戦になるか分かりませんが、出来る限り平常に戻り、出来る限り被災地を支援し、出来る限り執筆に励みたいと思います。
・〆切は21日。間に合ってくれ。


【東京にいる人たちが、なんだか、おかしくなっている】
・ようやく落ち着いて連絡が取れるようになりましたが、東京にいる人たちの精神状態のおかしさに面食らいました。
 情報がなかったので、まさか東京都にも壮絶な被害が出たのか? と思いそうになりましたが、どう考えても全然大丈夫です。電力不足による混乱や事故は怖そうですが、それ以外に何か困っていることはありますか? と、五日弱かけて600㎞を移動したばかりのこちらが、東京にいる人たちを心配してしまうという変な構図です。

・当然ですが、過去数日、このブログに載せた情報は、数日間のみ有効です。今の状況の参考になるかもしれませんが、「冲方と同じルートを通れば大丈夫」ではありません。現地の情報を見て聞いて調べて確認して判断して動いて下さい。
 ましてや、

 東京・埼玉の人間が、北海道に避難する必要は全然ありません。
 
 あまりに東京にいる人たちが焦ったり疲弊したりしているので、てっきり空路や道路交通網が遮断されてしまったのかと勘違いしそうになりました。
 南にいくらでも行けるではありませんか。わざわざ雪で途絶するかもしれないルートを辿る必要はまったくありません。
 
・どうやら東京は、情報という、目に見えないツナミに襲われ続けたご様子。
 ですがこれは、スイッチ一つで遮断できるツナミです。なのに、なぜ、いつまでも情報の洪水につきあい続けるのか。
 理由は、何が「必要」なのか、自分は「どうすべき」なのか、わからなくなってしまい、何も決定できなくなっているせいで、いつまでも不必要な「情報の買い占め」をし続けている、というふうに、こちらからは思えます。
 そしてそのせいで、必要な情報を効果的に伝達する人がいる一方、「情報の正否」に馬鹿みたいにこだわり、かえって優先順位をちぐはぐにする人もいる。
 
・「籠城」の用意よりも、「移住」の用意を
 大勢がコンビニの乾燥食品を買い漁る一方、築地では生魚が売れず、放置したりゴミ箱に捨てたりしているとのこと。
 もし災害に備えたいのであれば、まず今ある食べ物の中で、最も新鮮で栄養価の高いものを摂取すべきでしょう。
 といいつつ、もし僕が東京にいたら、同じように行動していたかもしれませんが。

 今回の経験で、「一週間分の水と食料」の備蓄など、もはや備蓄と呼ぶに値しないことを痛感しました。最低でも一ヶ月間はライフラインに頼らずにいられるだけの物品がないと意味がありません。そして、そんな物品を一家庭が貯蔵しておくくらいなら、ライフラインが豊富な場所に、第二第三の住居を用意しておくほうが経済的であり効果的です。

 もし本当に、「東京も危なくなる可能性がある」と思っているなら、いつでも移住できるよう、過疎化で値が下がりまくった地方のセカンドハウスを購入するなどしておくしかありません。
 あるいは全国および海外のマンスリーマンション等、長期滞在可能な場所を把握しまくるしかありません。
 いざ災害が起こったとき、最もつらいのは、災害が起こった地域やその隣接地域に居続けることだからです。


・「仕事が手につかない」という人の中に、「今の自分の仕事に価値を感じられなくなった」という人がいます。メディア業界、エンターテイメント業界には、特に多いようです。
 こんな史上初の大災害が起こったのだから、衝撃を受けても当然でしょう。しばらくは「不謹慎」なのか「必要」なのかの判断が微妙になると思います。
 こうしたことは全て、自分の中の価値観をとらえなおす好機にするしかない。感傷的になるのは、人生の優先順位を再検討してからでいい。
 
 
・とりあえず。
 僕は、あと四十八時間、ほとんど持ってくることができなかった少ない史料を頼りに、最後まであきらめず、〆切と格闘します。
 それが、僕が社会に参加する上で自分で決めた職務であり、人生だからです。

 それに、今、がんばって稼がないと。人を支援するにも、福島に戻るにも、戻ってからも、お金かかりますし。
 
 東京にいる人たちも、心を病んだりしないよう、まず自分に優しく、そして人にも優しく、心身の健康を保って、何ができるかを今後長いこと考えていけるよう、がんばっておのおのの仕事に励んで下さい。

 一緒にがんばりましょう。

2011年3月18日金曜日

【現在、効果的な物資を送る方法】

「郵便」扱いの品なら届きます
 郵便局が、最も早く回復しました。
 「郵便扱い」のレターパック等であれば、早ければ翌日には被災地およびその周辺に届きます。
 現在、どのメディアでもほとんど紹介されていませんが、今のところ最も効果的な支援物資の送達手段です。
 組織的な物資運搬が本格化するまであと数日、最も簡便な支援方法として、すでにお気づきの方も多いです。
 
○もらって助かるもの
 ・ウィダーインゼリー系の「水分をふくんだ食べ物」
 ・チョコレートなど「高カロリーで糖分が豊富なもの」
 ・その他の乾パンなど。
 ・漬け物など「保存ができてミネラルが豊富なもの」
 ・現金
 ・キャッシュカード
 ・ビタミン剤など

 本来ならば郵便で送るべきものではありませんが、今は、この手段しかないという地域が多数あります。

○もらっても困るもの
 ・米や麺類(調理に水が必要。断水地域では食べようがありません)
 ・調味料が強すぎて、のどが渇くもの。(ポテトチップなど)
 

2011年3月17日木曜日

○物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」(5)

「移動」する人の心理状態の補足です。
 冲方は当初、「移動」には大反対でした。状況を否認していたのだから当然です。しかもガソリンがないので、移動手段がないということが心に重くのしかかっていました。移動したいと主張する奥さんに対し、動くべきでない根拠を山ほど並べ立てたあげく、結局は、奥さんの意見で、動くべきであるという判断に傾きました。

 冲方に限らず、家を守るという気持ちが強い人は動かず「待機」するほうを選びがちのようです。
 一方で、子供や自分より弱い存在を守るという気持ちが強い人は、たとえば「子供だけでも確実に安全な場所へ移動させる」ことを選びがちです。
 今回の場合、奥さんの「子供が病気になってもここでは何も出来ない」といった意見がきっかけで「移動」を決めました。
 自力で動けない子供を「移動させる」のが夫婦共通の動機となり、家を出ることになりました。

 その後のルート選びなども、「子供をつれて可能か」というのが基本になっていたように思います。
 男の考えでは選ばないことが多く、奥さんの判断がルート選びのほとんどの根拠になりました。それも、このままでは「子供が心配」という動機が重要だったように思います。 
 自力で動けない存在がいることで、より確実で安心するルートを選ぶことに奥さんがエネルギーを注ぎ、その結果、判明した情報が多々ありました。そして、より多くの選択肢を手に入れることにつながりました。
 移動手段・宿泊施設の選択なども、子供の安全を確保するために、奥さんが相当に知恵を絞ったところがあります。大人一人だけでは気づかないことが非常に多かったです。
 
 これらのことから、以下の点が「移動」では重要であると思いました。
1)家族同士、意見が対立するからと言って尻込みせず、徹底的に意見を戦わせること。
2)「子供」は「老人」や「障害者」にも当てはまることから、移動能力の低い存在を理由に「動けない」と判断するのではなく、どうやって動くかと知恵を絞ることで、選択肢は増えるということ。
3)ガソリンや支援物資をないことを理由に「動けない」と判断するのではなく、知恵を絞ることで、これまた選択肢は増えるということ。


 これから空路で移動です。本当に「移動」を選択して正しかったか、これから多くのことを考えたいと思います。
 とともに、一日も早く、仕事に復帰し、生活を整え、家族が平常に過ごせる状況を求め、誰かを支援できる側になりたいと思います。
  
【物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」】(1)~(3)まとめ


※以下は、冲方が福島から出て移動した際、関係各社に一斉送信したメールの一部を抜粋して順番にまとめたものです。
※ブログ内タグ「物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」」(1)~(3)を読みやすいよう時間順に並べ直し、新しい情報をもとに加筆修正したものです。

※内容は以下の通りです。
(1)なぜ「移動」すべきか。「移動」する人をどう助けるか。
(2)重要な「天候の情報」。「移動」する人の心理状況。
(3)冲方がとった具体的なルートと、必要だった金額と日数。



物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」(1)
送信日:3月15日

以下、あくまで私見ですが、ぜひ向こう数日間から一週間ほどの間、
皆様にご検討していただければと思うことを記します。

●被災地に「物資を運ぶ」のではなく、「被災者を被災地の外へ出す」ことに、
時間と金銭を使うことを考えて下さい。
 
今回の災害において最も重要なのは、迅速な被災地からの脱出であることを思い知りました。

阪神大震災以降の災害対策の基本姿勢は、被災者が被災地付近にとどまり、
ライフラインの復旧と支援物資の到着を待つ「待機」です。
救助隊の原則も、人が避難所に「待機」していることを前提としております。

しかし今回のような、「広域かつ深刻な、複数の異なる未経験の災害が、短時間で連続し、
さらには繰り返し継続的に起こり続けた」場合、
被害の全体的な実態すら曖昧なため、支援は予想以上に遅れ、現地の状況悪化は急速に進みます。

また、「被ばくする」という風評被害により、肝心の支援物資を輸送する車両が被災地を目前にして引き返すというようなことも起こっております。

災害時に最も有効なのは「待機」することだと考える方も多いでしょうが、
いったん「待機」すれば「移動」は刻一刻と困難になるばかりか、
現地で健康を保つ手段が驚くほど急速に失われてゆきます。

そのため、いかにしてライフラインが保たれている場所へ、
一刻も早く「移動」するかが重要でした。


●ぜひご支援可能な方々には、被災地およびライフラインを失った方々へ、
1)安全な移動場所とルートを調べ、教えてあげる。
2)移動手段を調べ、与えてあげる
(列車・航空・高速バスの空席確認や予約やキャンセル等を代わりに行う)
3)移動後の宿泊場所を調べ、教えるOR用意してあげる
(ホテル等の空き室確認や予約やキャンセル等を代わりに行う)

ぜひ、これらの補助を行うことをご検討していただければと思います。

移動中の人々と根気強く連絡を取り合える時間的余裕がない場合も、
1)の、付近の地域や、そのときのニュースの報道内容を伝えるだけでも助かります。

移動が必要なとき、インターネットで確認する余裕はありません。
電話で問い合わせても、いつの間にか状況が変わっている可能性があります。

逆にライフラインが確保された場所に移動しさえすれば、
水も食料も通信手段も生活場所も、自力で探すことが可能になります。

被災地から車で一時間移動しただけで、一挙に状況が好転することが多いです。

●また、道路状況は二転三転しますので、念のためチケットなど予約を入れ、
状況に合わせてキャンセルしていく、ということも多くなります。
そう言う際は、「せっかく予約してあげたのに」と考えるのではなく、
「選択肢をそれだけ多く用意してあげられた」と考えてあげて下さい。

なお、いたずらに予約することで窓口をふさぎ、結果的に他の人の移動手段を阻んでしまう、
という可能性もあります。しかし、「移動」は一日から数日ほどの短期間で済みますので、
キャンセル待ちをすることで次々に別の人が予約できます。
大事なのは「必要なルートは確実に予約し」「いらなくなったルートは確実にキャンセルする」ことです。


●現在、宮城・福島から、米沢・山形へ移動することさえできれば、
通信は回復し、水・食料があり、病院やコンビニは一部を除いて利用可能で、
酒田・新潟・秋田などに到達することが必要になりますが、
タクシー・レンタカー・電車・飛行機・バスによる各地送迎が可能となります。
羽越本線・上越新幹線・高速バスが生きており、日本を南北に移動することができます。
北海道へも大阪へも移動できます。
少なくとも明日明後日は十分に可能です。

しかし向こう数日で、物資不足・移動不能になる地域が、
宮城・福島の西側の県境から、一挙に日本海側の他県へ広がっていくと思われます。
そうなってしまっては、移動困難な地域がますます広がるでしょう。

明日から、酒田および一部の宮城県の港から、ガソリンの供給が試みられるそうです。
「だから待機するべき」ではなく、「だから移動するべき」と考えたほうが良いでしょう。

たとえ夜間であっても、
1)あらかじめ目的地の宿を確保した上で、
2)運転に慣れた各地のタクシーをあらかじめ電話予約し、
3)一時間程度の距離を進むたび予約しておいた現地タクシーに乗り換え、
ピストン輸送してもらうなどして目的地まで「移動」する。
これならガソリン不足を気にして長距離を嫌がる現地のタクシーも対応してくれますし、
常に現地の地理に慣れた運転手がいることでいざというときに困ることが少なくなります。

これが最善である可能性が高い、と言うことをご報告させていただきます。

●住んでいた場所を離れることは大半の方々にとって心理的苦痛を伴いますし、
安全な場所にいる者も、むやみと「移動」を勧めてよいものか迷うため、
様々な言い分を立てては、「待機」を選びます。

しかし被災者や、その周辺地域に住む者が、一人でも多く、長くとどまるほど、
その後の救助の労力は増えます。水・食料・ガソリン等は到底、間に合わなくなります。
ライフラインが回復するまで待機する、ではなく、
ライフラインが回復するまで別の場所に行っている、とするべきでしょう。

実際にライフラインが回復したとき、被災地やその付近で待機していた期間が一日でも長いほど、
病人やけが人が増加・深刻化する可能性があり、
現地で消費されたため改めて支援されねばならない物資は増え、
溜まった汚物等を洗浄したりするための水なども、余計に多く必要になります。

もちろん実際に移動するかどうかは現地にいる人々の判断次第ですが、
移動するための情報があるのとないのとでは心理的に天と地です。
「チケットをとってあげるから」「二時間並べばバスに乗れるから」と言われて動く気になる人もいます。

また、現地にいる人々の努力だけでは情報は手に入らず、
より状況が悪い場所へ移動してしまう可能性もあり、そのせいで「待機」を選んでしまいます。
「どこどこは水がないから行くな」「どこどこは電話で確認したところ水道が生きている」といった
情報だけでも、移動する気力につながります。

●太平洋側一帯に親戚・知人友人がおられる方は、出来る限り「移動」を勧め、
ナビを助けてあげて下さい。
また、「確実な移動手段」を、今のところは個別に教えてあげて下さい。
組織的に行うのは現時点では無理ですし、変化する状況に追いつけません。
「このサイトを調べればいいよ」「県庁に情報提供したよ」といった
漠然とした指示や行為は、あまり効果がありません。


●なお、組織的な発表や支援は、しばらくは期待できません。
支援に来られる自衛隊などプロの方々は、もちろん頼りとすべき存在です。
しかし彼らは一様に、避難者の「待機」や「救出」を大前提として訓練されています。
訓練された以上のことは彼らにはできませんし、被災者の健康保全などは無理です。
何より、現在の状況は、彼らが経験した訓練の「想定外」であるということを、ぜひ知っておいて下さい。

「こんなこと誰も経験したことがない。その場その場で対応していくしかない」と、
米沢のホテル関係者が言っておりましたが、至言だと感じました。
ガソリンを積んだタンクローリーに警察が付き添う光景など、
誰が想像できたでしょうか。


物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」(2)
送信日:3月16日

●先日お送りしたご報告につきまして、付加すべき重要な点が二つあります。

1)「現地の天候」
現在、日本海側に雪が多く、道路・電車・空港で足止めを食う可能性があります。
移動中、天候のことは失念しがちですが、非常に重要です。
もし被災地の方と連絡する場合、当日・翌日の天気予報の最新情報を共有してあげて下さい。


2)「疲労は想像以上に早い」
先の見えない「移動」も「待機」も、驚くほど急激に体力・気力を奪います。
とにかく「移動」時は距離と時間を稼ぎたがって無理をしがちになりますが、
なるべく頻繁に宿を探して休息を取るよう勧めてあげて下さい。

逆に、「待機」時は、疲れているからじっとしていたくなりますが、結局は
ライフラインが確保されていない場所でじっとすることほど疲れることはありません。
いずれ疲労がピークに達して病気になります。むしろそれ以上、疲れないよう、
どうにか「移動」の手段がないか考えねばなりません。


3)「不特定多数を助けない」
誰かを「移動」させるためのナビや補助は、まず「親戚友人知人」に特定して下さい。
数人単位で迅速に判断し、動いていくことで可能なことが多く、不特定多数の方に対し、
同時かつ平等に有効な手だては、今のところ、ほとんどないと思って下さい。
逆に、集団が移動し始めた途端、様々なものが不足し、全員同時に動けなくなることが多いです。


●ご参考までに、移動中の心理状態について経験を二点ご報告します。
1)現状の「否認」
ものの本にしばしば書かれている災害時の心理状態ですが、
まさか自分がなるとは想像もしていませんでした。
「大丈夫、安心すべき、じっとするべき、何もするべきでない、心配ない」
といった現実の拒否です。
要は「どうなるかわからないから移動したくない」です。
この心理に引きずられないようにするのは、けっこうな精神力を使います。
具体的にどうフォローされれば良いのか僕も分かりませんが、
移動中、しばしばそういう心理状態になるということを知っておいていただければと思います。


2)錯誤の多発
おそろしく単純なことが瞬間的に分からなくなります。
これも、災害関係の書籍に見られる事例ですが、まさか自分がそうなるとは思わなかったことです。

たとえば僕の場合、エレベーターの「開」「閉」のボタンのどれが何だか本当にわからなくなりました。
ホテルでは「220」がいったい何を意味する記号か、立ち止まって考えてしまいました。
取り出したばかりの財布を、どのポケットに戻せば良いのか分からなくなりました。
これは人によって全然違うようです。
落ち着いてゆっくり考えれば、自然といつもの判断が戻ってきます。

単に焦っているのではなく、日頃とは脳の使い方が全然違っている感じです。
緊張下で様々なことを考え続けるうちに、日常的な判断力が逆に鈍ってゆきます。
ですので、誰かから「チケットなど大事なものを置き忘れていないか」
といった軽い確認やフォローをしてもらえるだけで、かなり助かります。



物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」(3)
送信日:3月16日

 ※大人二人・子供一人・自家用車なし、という条件で、
 1)福島県福島市から新潟市まで、十万円と二日~三日間。
 2)新潟から北海道(関東・関西)まで、十万円と一日~二日間。
 もしかするとこれが一つの目安になるかもしれません。
 より「安く・短く」することが、個人においても行政においても課題になると思います。

 内訳は下記です。
 ※福島から新潟まで移動する間、約二日間と十万円を費やしました。
 うち最も多い現金決済は、タクシー代総額の六万五千円強、飲み物や食べ物の五千円強。
 それ以外は、今後の飛行機代やホテル代もふくめ、カード決済です。
 ※新潟から北海道まで移動する間、飛行機代が八万円弱、宿代が二泊で五万円強、時間は一日半の予定。
 ※車と飛行機などの移動が自然と最も高くつきます。逆に、いったん移動すれば、高額のホテルしか
空いていないというのでない限り、大幅な出費は考えなくともよくなるということでもあります。


「移動ルート」
○14日ルート決定
 ※情報等のご支援により数時間でルート決定できました。
 BETTER ルート1)福島→米沢→山形→酒田→新潟
 BEST  ルート2)福島→米沢→坂町→新潟
 ※とにかく新潟を第一次目標としました。
 ※あらかじめタクシー会社に移動可能距離を問い合わせ、米沢なら可能とのことでした。
※米沢に着いてから、どのルートが可能か確認することにしました。
 ※米沢のホテルを探し、三日分予約しました。

○14日深夜午前0時 出発 福島からタクシーで米沢へ
 ※僕、家内、四歳の長男が、トランク二つ、バッグ二つに荷物を詰めて移動しました。

○15日午前1時半頃 米沢に到着
 ※深夜ですがあらかじめホテルに連絡していたためすぐにチェックインできました。
 ※震災被害がほとんどないことを確認しました。
 ※水道と電気が生きていることを確認しました。
 ※車で一時間ほど移動しただけでライフラインが画然と違うことを確認しました。

 ※休眠してのち、終日、情報収集と今後のルート確認に費やしました。
 ※レンタカーはのきなみ使えないことを確認しました。
※ガソリンを筆頭に物資が急速に不足していることを確認しました。
※物資不足でコンビニが閉店する前に、急いでATMで金銭を確保しました。
 ※コンビニが昼過ぎには閉店するなど、じきに米沢周辺も深刻な物資不足になることが
 予想されました。
 ※各都市のホテル・駅等に連絡し、
BETTER ルート1)福島→米沢→山形→酒田→新潟
が可能であることを確認しました。移動手段は、
 米沢→山形 タクシーで可能とのこと
 山形→酒田 高速バス 一日三百人ほど並んでいるが乗れなくはないとのこと
 酒田→新潟 羽越本線が運行中
とのことでした。

※現在、ガソリンの供給ルートとして、
北海道から酒田へ運ばれていることを確認しました。
これにより、それぞれ親族等のいる関東・関西・北海道のうち、
母と妹夫婦がいる北海道を最終目的地とすることを検討しました。
現地の状況を母と電話で確認すると、
「震災前と何も変わらず、物資の買い占めなどは全く起こっていない」とのこと。
これにより北海道へ行くことが最善と判断しました。

 ※我が家が米沢に到着した後、次々に各地から移動してきた人がホテルを訪れました。
 ガソリン切れで移動不能になった人々も多かったようです。

※ANAのHPを照会し、空席を確認。
即、新潟空港から北海道千歳行きのエアチケットを予約。
その後数時間もしないうちにHPでは「二日後まで空席なし」となりました。
ギリギリで購入できました。

※夕方になり降雪が始まり、雪で道路が断たれるかも知れないという可能性に直面しました。
とともに、以下の指針を立てました。
:「どこで足止めされても良いよう、通過する都市全てのホテルを予約する」
:「現地や交通状況などは、一度ではなく何度も、複数の人や機関に問い合わせる」
 :「いったん決めたルートに固執しない」

 ※一晩中、「本当にこれで良いのか」「家に戻るべきではないか」という考えに襲われました。
 被災時の、いわゆる「状況の否認」が自分の心に起こっていたことを初めて実感しました。
「大丈夫だ、何も起こらない、安全だ、動かないほうがいい、じっと休んで回復に専念すべきだ」
などと、心が現実を拒否し始めており、
この「動かないほうがいい」という考えに従うことが、逆に最も危険なのだと実感しました。
 実際は、物資が不足し始めている街で、めども立たないまま、じっとしているわけにはいきません。
 翌日、雪が積もらないことを祈るばかりでした。

○16日午前10時 出発
 ※積雪は大したことはありませんでしたが、降雪の多さに焦慮しました。
 万一、雪によって道をふさがれたら、行くも戻るも不可能になります。
 除雪車がガソリン不足で動かない、という事態を想像してぞっとしました。

 ※朝食後、ルートを再確認し、ホテルのフロントを通して出発の一時間前にタクシーを予約し、
あらかじめ行き先を相談することで燃料が豊富な車両を回してもらえるようにしました。

 ※タクシーの運転手と相談すると、「新潟でガソリンが補給できるから行ける」となりました。
 米坂線の運休とレンタカーが使えないことから断念していた、
 BEST ルート2)福島→米沢→坂町→新潟
 が可能であることから、新潟行きを頼みました。

 ※前日に予約した宿は全てキャンセルしました。
 宿によってはキャンセル料は請求しませんと言ってくれました。
 楽天などによってカードで予約してしまうと自動的にキャンセル料が発生しますので、
 電話により口頭で予約する、もしくは現地で現金決済、が最も融通が利きます。

 ※タクシーの車内で、携帯電話で新潟の宿を予約しました。

 ※降雪がひどく、途上、二度も、横転して救助を待つ車を見ました。
 ※移動は、夜間よりも降雪時のほうが危険です。
 現地の運転に慣れたタクシー運転手でない限り、雪の中で運転すべきではありません。

 ※数時間かけて山形県境を越え、新潟県に入った途端、状況が好転しました。
 ガソリンスタンドは通常通り営業していました。
 複数のタンクローリーが山形・福島・宮城方面へ移動するのを見ました。
 物資の買い占め等は全く起こっていないということでした。

 ※午後、新潟市のホテルに到着しました。
 ※各地から到着した人々がロビーにちらほら見えました。

 ※夕方から、新潟市内のコンビニが混雑していたことを確認しましたが、
これは物資不足が原因ではなく「計画停電」に備えようという動きでした。
 ※また、品不足でホテルのコンビニが閉店していましたが、買い占めが原因ではなく、
 商品が輸送されず、自然となくなってしまったとのことです。

 ※今はまだまだ物資が豊富ですが、続々と、酒田・新潟方面に向かって避難者が
増加しておりますので、物資不足が広がることが予想されます。
 やはり移動できる人は、今の内に移動すること、
そして、「駅や空港などにアクセス可能な都市にいつまでも滞在しないこと」をお勧めします。
 迅速に移動し、ホテルの部屋などを空けることが、次に来る人たちのライフラインを
 確保することにつながります。

 


●個人的に希望していること
 以下は、今、個人的にこうあって欲しいという願望です。
 結局は、ただの愚痴かも知れませんので、あまり転載などしないほうが良いかも知れません。

1)「物資輸送トラックは被災地で荷物を下ろして空になったら、現地にいる人間を積んで帰る」
現在、物資を輸送しているトラックによって、希望する被災者を、
ライフラインが確保された場所まで運ぶ。
道交法上の問題もあるでしょうし、過酷な移動になりますが、
もはや人間を物のように運ばねば、健康保全が間に合わない人々がいます。

2)「義援金をホテルとタクシー代に充てる」
向こう一週間ほどは、義援金を、物資輸送等だけでなく、
「被災地に近隣する都市、駅や空港付近の都市などの
 タクシーとホテル代に充てて、被災者が低額で利用できるようにする」ことで、
相当数の人が助かるはずです。

3)「首都圏や関西以南などにいる人々の、海外旅行の奨励」
 一時的に一般市民の人口が少なくなればなるほど、物資の面での回復が容易になるのは過去の災害事例から明らかです。
 特に、物資の買い占めなどに走るだけの経済力を持つ方々には、そのお金を義援金に回すのでない限り、
ぜひ海外旅行に費やしてしばらく帰って来ないでいただきたい。
そうすることで国内の食料や電力消費等を軽減できるはずです。
 連休などを利用して、ぜひ、近隣の韓国や香港やシンガポール、あるいはタヒチやバリなど、
安全で物資が豊富な国へ、バカンスなどに行っていただきたい。
国外へ出ることで、より客観性の高いニュースにもふれることができるでしょう。
 不謹慎なようですが、そもそも数日程度しか保たないような物資の買い占めなど無駄であり、
そんなことをするくらいなら他国に長期滞在してもらうほうがいい。
【物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」】(3)

皆様へ

引き続き冲方です。
●下記、先日のご報告とあわせて、ご参考になるかどうか分かりませんが、
我が家がとった移動ルート等を列挙します。


長文ですので、必要のない方はスルーして下さい。


先に、結論ですが、
 ※大人二人・子供一人・自家用車なし、という条件で、
1)福島県福島市から新潟市まで、十万円と二日~三日間。
 2)新潟から北海道(関東・関西)まで、十万円と一日~二日間。
 もしかするとこれが一つの目安になるかもしれません。
 より「安く・短く」することが、個人においても行政においても課題になると思います。

内訳は下記です。
※福島から新潟まで移動する間、約二日間と十万円を費やしました。
 うち最も多い現金決済は、タクシー代総額の六万五千円強、飲み物や食べ物の五千円強。
 それ以外は、今後の飛行機代やホテル代もふくめ、カード決済です。
 ※新潟から北海道まで移動する間、飛行機代が八万円弱、宿代が二泊で五万円強、時間は一日半の予定。
 ※車と飛行機などの移動が自然と最も高くつきます。逆に、いったん移動すれば、高額のホテルしか
空いていないというのでない限り、大幅な出費は考えなくともよくなるということでもあります。


「移動ルート」
○14日ルート決定
 ※情報等のご支援により数時間でルート決定できました。
 BETTER ルート1)福島→米沢→山形→酒田→新潟
 BEST  ルート2)福島→米沢→坂町→新潟
 ※とにかく新潟を第一次目標としました。
 ※あらかじめタクシー会社に移動可能距離を問い合わせ、米沢なら可能とのことでした。
※米沢に着いてから、どのルートが可能か確認することにしました。
 ※米沢のホテルを探し、三日分予約しました。

○14日深夜午前0時 出発 福島からタクシーで米沢へ
 ※僕、家内、四歳の長男が、トランク二つ、バッグ二つに荷物を詰めて移動しました。

○15日午前1時半頃 米沢に到着
 ※深夜ですがあらかじめホテルに連絡していたためすぐにチェックインできました。
 ※震災被害がほとんどないことを確認しました。
 ※水道と電気が生きていることを確認しました。
 ※車で一時間ほど移動しただけでライフラインが画然と違うことを確認しました。

 ※休眠してのち、終日、情報収集と今後のルート確認に費やしました。
 ※レンタカーはのきなみ使えないことを確認しました。
※ガソリンを筆頭に物資が急速に不足していることを確認しました。
※物資不足でコンビニが閉店する前に、急いでATMで金銭を確保しました。
 ※コンビニが昼過ぎには閉店するなど、じきに米沢周辺も深刻な物資不足になることが
 予想されました。
 ※各都市のホテル・駅等に連絡し、
BETTER ルート1)福島→米沢→山形→酒田→新潟
が可能であることを確認しました。移動手段は、
 米沢→山形 タクシーで可能とのこと
 山形→酒田 高速バス 一日三百人ほど並んでいるが乗れなくはないとのこと
 酒田→新潟 羽越本線が運行中
とのことでした。

※現在、ガソリンの供給ルートとして、
北海道から酒田へ運ばれていることを確認しました。
これにより、それぞれ親族等のいる関東・関西・北海道のうち、
母と妹夫婦がいる北海道を最終目的地とすることを検討しました。
現地の状況を母と電話で確認すると、
「震災前と何も変わらず、物資の買い占めなどは全く起こっていない」とのこと。
これにより北海道へ行くことが最善と判断しました。

 ※我が家が米沢に到着した後、次々に各地から移動してきた人がホテルを訪れました。
 ガソリン切れで移動不能になった人々も多かったようです。

※ANAのHPを照会し、空席を確認。
即、新潟空港から北海道千歳行きのエアチケットを予約。
その後数時間もしないうちにHPでは「二日後まで空席なし」となりました。
ギリギリで購入できました。

※夕方になり降雪が始まり、雪で道路が断たれるかも知れないという可能性に直面しました。
とともに、以下の指針を立てました。
:「どこで足止めされても良いよう、通過する都市全てのホテルを予約する」
:「現地や交通状況などは、一度ではなく何度も、複数の人や機関に問い合わせる」
 :「いったん決めたルートに固執しない」

 ※一晩中、「本当にこれで良いのか」「家に戻るべきではないか」という考えに襲われました。
 被災時の、いわゆる「状況の否認」が自分の心に起こっていたことを初めて実感しました。
「大丈夫だ、何も起こらない、安全だ、動かないほうがいい、じっと休んで回復に専念すべきだ」
などと、心が現実を拒否し始めており、
この「動かないほうがいい」という考えに従うことが、逆に最も危険なのだと実感しました。
 実際は、物資が不足し始めている街で、めども立たないまま、じっとしているわけにはいきません。
 翌日、雪が積もらないことを祈るばかりでした。

○16日午前10時 出発
 ※積雪は大したことはありませんでしたが、降雪の多さに焦慮しました。
 万一、雪によって道をふさがれたら、行くも戻るも不可能になります。
 除雪車がガソリン不足で動かない、という事態を想像してぞっとしました。

 ※朝食後、ルートを再確認し、ホテルのフロントを通して出発の一時間前にタクシーを予約し、
あらかじめ行き先を相談することで燃料が豊富な車両を回してもらえるようにしました。

 ※タクシーの運転手と相談すると、「新潟でガソリンが補給できるから行ける」となりました。
 米坂線の運休とレンタカーが使えないことから断念していた、
 BEST ルート2)福島→米沢→坂町→新潟
 が可能であることから、新潟行きを頼みました。

 ※前日に予約した宿は全てキャンセルしました。
 宿によってはキャンセル料は請求しませんと言ってくれました。
 楽天などによってカードで予約してしまうと自動的にキャンセル料が発生しますので、
 電話により口頭で予約する、もしくは現地で現金決済、が最も融通が利きます。

 ※タクシーの車内で、携帯電話で新潟の宿を予約しました。

 ※降雪がひどく、途上、二度も、横転して救助を待つ車を見ました。
 ※移動は、夜間よりも降雪時のほうが危険です。
 現地の運転に慣れたタクシー運転手でない限り、雪の中で運転すべきではありません。

 ※数時間かけて山形県境を越え、新潟県に入った途端、状況が好転しました。
 ガソリンスタンドは通常通り営業していました。
 複数のタンクローリーが山形・福島・宮城方面へ移動するのを見ました。
 物資の買い占め等は全く起こっていないということでした。

 ※午後、新潟市のホテルに到着しました。
 ※各地から到着した人々がロビーにちらほら見えました。

 ※夕方から、新潟市内のコンビニが混雑していたことを確認しましたが、
これは物資不足が原因ではなく「計画停電」に備えようという動きでした。
 ※また、品不足でホテルのコンビニが閉店していましたが、買い占めが原因ではなく、
 商品が輸送されず、自然となくなってしまったとのことです。

 ※今はまだまだ物資が豊富ですが、続々と、酒田・新潟方面に向かって避難者が
増加しておりますので、物資不足が広がることが予想されます。
 やはり移動できる人は、今の内に移動すること、
そして、「駅や空港などにアクセス可能な都市にいつまでも滞在しないこと」をお勧めします。
 迅速に移動し、ホテルの部屋などを空けることが、次に来る人たちのライフラインを
 確保することにつながります。

 


●個人的に希望していること
 以下は、今、個人的にこうあって欲しいという願望です。
 結局は、ただの愚痴かも知れませんので、あまり転載などしないほうが良いかも知れません。

1)「物資輸送トラックは被災地で荷物を下ろして空になったら、現地にいる人間を積んで帰る」
現在、物資を輸送しているトラックによって、希望する被災者を、
ライフラインが確保された場所まで運ぶ。
道交法上の問題もあるでしょうし、過酷な移動になりますが、
もはや人間を物のように運ばねば、健康保全が間に合わない人々がいます。

2)「義援金をホテルとタクシー代に充てる」
向こう一週間ほどは、義援金を、物資輸送等だけでなく、
「被災地に近隣する都市、駅や空港付近の都市などの
 タクシーとホテル代に充てて、被災者が低額で利用できるようにする」ことで、
相当数の人が助かるはずです。

3)「首都圏や関西以南などにいる人々の、海外旅行の奨励」
 一時的に一般市民の人口が少なくなればなるほど、物資の面での回復が容易になるのは過去の災害事例から明らかです。
 特に、物資の買い占めなどに走るだけの経済力を持つ方々には、そのお金を義援金に回すのでない限り、
ぜひ海外旅行に費やしてしばらく帰って来ないでいただきたい。
そうすることで国内の食料や電力消費等を軽減できるはずです。
 連休などを利用して、ぜひ、近隣の韓国や香港やシンガポール、あるいはタヒチやバリなど、
安全で物資が豊富な国へ、バカンスなどに行っていただきたい。
国外へ出ることで、より客観性の高いニュースにもふれることができるでしょう。
 不謹慎なようですが、そもそも数日程度しか保たないような物資の買い占めなど無駄であり、
そんなことをするくらいなら他国に長期滞在してもらうほうがいい。


 もしご参考になれば幸いです。
冲方丁拝
【物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」】(2)

皆様

無事、新潟に到着しました。
明日、新潟空港から北海道千歳へ移動し、
母と妹夫婦のいる池田という街で体勢を整えることに決めました。

現在、ガソリン等の物資が、北海道から酒田市などへ運ばれているようで、
ライフラインや食料等が長期的に確保され続けるだろう、と判断してのことです。
また、今後の移動において、国内だけでなく国外も視野に入れられるからです。

上手くいけば、執筆に復帰したり、人を支援できる側に回れそうです。

受け入れ先を準備して下さった方々、励ましの言葉をお送り下さった方々、
本当にありがとうございます。
どうか引き続き、助けの手を求めている方々に、その手を差し伸べてあげて下さい。
あるいは、これから僕らが親戚知人を「移動」させる上で、
改めてご相談させていただくこともあるかもしれません。
そのときは、あくまでできる範囲で、ご協力していただければ幸いです。

本当に本当にありがとうございます。


以下、移動中に経験した事柄です。もしご参考にしたい方がいらっしゃいましたら、
ご自由に転送等して下さい。


●先日お送りしたご報告につきまして、付加すべき重要な点が二つあります。

1)「現地の天候」
現在、日本海側に雪が多く、道路・電車・空港で足止めを食う可能性があります。
移動中、天候のことは失念しがちですが、非常に重要です。
もし被災地の方と連絡する場合、当日・翌日の天気予報の最新情報を共有してあげて下さい。


2)「疲労は想像以上に早い」
先の見えない「移動」も「待機」も、驚くほど急激に体力・気力を奪います。
とにかく「移動」時は距離と時間を稼ぎたがって無理をしがちになりますが、
なるべく頻繁に宿を探して休息を取るよう勧めてあげて下さい。

逆に、「待機」時は、疲れているからじっとしていたくなりますが、結局は
ライフラインが確保されていない場所でじっとすることほど疲れることはありません。
いずれ疲労がピークに達して病気になります。むしろそれ以上、疲れないよう、
どうにか「移動」の手段がないか考えねばなりません。


3)「不特定多数を助けない」
誰かを「移動」させるためのナビや補助は、まず「親戚友人知人」に特定して下さい。
数人単位で迅速に判断し、動いていくことで可能なことが多く、不特定多数の方に対し、
同時かつ平等に有効な手だては、今のところ、ほとんどないと思って下さい。
逆に、集団が移動し始めた途端、様々なものが不足し、全員同時に動けなくなることが多いです。


●ご参考までに、移動中の心理状態について経験を二点ご報告します。
1)現状の「否認」
ものの本にしばしば書かれている災害時の心理状態ですが、
まさか自分がなるとは想像もしていませんでした。
「大丈夫、安心すべき、じっとするべき、何もするべきでない、心配ない」
といった現実の拒否です。
要は「どうなるかわからないから移動したくない」です。
この心理に引きずられないようにするのは、けっこうな精神力を使います。
具体的にどうフォローされれば良いのか僕も分かりませんが、
移動中、しばしばそういう心理状態になるということを知っておいていただければと思います。


2)錯誤の多発
おそろしく単純なことが瞬間的に分からなくなります。
これも、災害関係の書籍に見られる事例ですが、まさか自分がそうなるとは思わなかったことです。

たとえば僕の場合、エレベーターの「開」「閉」のボタンのどれが何だか本当にわからなくなりました。
ホテルでは「220」がいったい何を意味する記号か、立ち止まって考えてしまいました。
取り出したばかりの財布を、どのポケットに戻せば良いのか分からなくなりました。
これは人によって全然違うようです。
落ち着いてゆっくり考えれば、自然といつもの判断が戻ってきます。

単に焦っているのではなく、日頃とは脳の使い方が全然違っている感じです。
緊張下で様々なことを考え続けるうちに、日常的な判断力が逆に鈍ってゆきます。
ですので、誰かから「チケットなど大事なものを置き忘れていないか」
といった軽い確認やフォローをしてもらえるだけで、かなり助かります。


 冲方丁拝
【物資を「運ぶ」のではなく被災者を被災地の「外に出す」】(1)


皆様へ
簡便を優先し一斉送信をさせていただいております。

ご支援、情報提供等ありがとうございます。
現在、福島を離れて米沢に移動しました。
その後の移動手段・道路状況等は刻一刻と変化しておりますが、
お陰様で向こう三日ほどの光明は見えております。本当に感謝しております。

以下、あくまで私見ですが、ぜひ向こう数日間から一週間ほどの間、
皆様にご検討していただければと思うことを記します。

●被災地に「物資を運ぶ」のではなく、「被災者を被災地の外へ出す」ことに、
時間と金銭を使うことを考えて下さい。
 
今回の災害において最も重要なのは、迅速な被災地からの脱出であることを思い知りました。

阪神大震災以降の災害対策の基本姿勢は、被災者が被災地付近にとどまり、
ライフラインの復旧と支援物資の到着を待つ「待機」です。
救助隊の原則も、人が避難所に「待機」していることを前提としております。

しかし今回のような、「広域かつ深刻な、複数の異なる未経験の災害が、短時間で連続し、
さらには繰り返し継続的に起こり続けた」場合、
被害の全体的な実態すら曖昧なため、支援は予想以上に遅れ、現地の状況悪化は急速に進みます。

だからこそ「待機」すべきだと考える方も多いでしょうが、
いったん「待機」すれば「移動」は刻一刻と困難になるばかりか、
現地で健康を保つ手段が驚くほど急速に失われてゆきます。

そのため、いかにしてライフラインが保たれている場所へ、
一刻も早く「移動」するかが重要でした。


●ぜひご支援可能な方々には、被災地およびライフラインを失った方々へ、
1) 安全な移動場所とルートを調べ、教えてあげる。
2) 移動手段を調べ、与えてあげる
(列車・航空・高速バスの空席確認や予約やキャンセル等を代わりに行う)
3) 移動後の宿泊場所を調べ、教えるOR用意してあげる
(ホテル等の空き室確認や予約やキャンセル等を代わりに行う)

ぜひ、これらの補助を行うことをご検討していただければと思います。

移動中の人々と根気強く連絡を取り合える時間的余裕がない場合も、
1)の、付近の地域や、そのときのニュースの報道内容を伝えるだけでも助かります。

移動が必要なとき、インターネットで確認する余裕はありません。
電話で問い合わせても、いつの間にか状況が変わっている可能性があります。

逆にライフラインが確保された場所に移動しさえすれば、
水も食料も通信手段も生活場所も、自力で探すことが可能になります。

被災地から車で一時間移動しただけで、一挙に状況が好転することが多いです。

●また、道路状況は二転三転しますので、念のためチケットなど予約を入れ、
状況に合わせてキャンセルしていく、ということも多くなります。
そう言う際は、「せっかく予約してあげたのに」と考えるのではなく、
「選択肢をそれだけ多く用意してあげられた」と考えてあげて下さい。

なお、いたずらに予約することで窓口をふさぎ、結果的に他の人の移動手段を阻んでしまう、
という可能性もあります。しかし、「移動」は一日から数日ほどの短期間で済みますので、
キャンセル待ちをすることで次々に別の人が予約できます。
大事なのは「必要なルートは確実に予約し」「いらなくなったルートは確実にキャンセルする」ことです。


●現在、宮城・福島から、米沢・山形へ移動することさえできれば、
通信は回復し、水・食料があり、病院やコンビニは一部を除いて利用可能で、
酒田・新潟・秋田などに到達することが必要になりますが、
タクシー・レンタカー・電車・飛行機・バスによる各地送迎が可能となります。
羽越本線・上越新幹線・高速バスが生きており、日本を南北に移動することができます。
北海道へも大阪へも移動できます。
少なくとも明日明後日は十分に可能です。

あるいは、福島原発のニュースのお陰で、福島空港発の各便がキャンセルになっています。
迅速に移動できるならば、福島空港に隙間があります。

しかし向こう数日で、物資不足・移動不能になる地域が、
宮城・福島の西側の県境から、一挙に日本海側の他県へ広がっていくと思われます。
そうなってしまっては、移動困難な地域がますます広がるでしょう。

明日から、酒田および一部の宮城県の港から、ガソリンの供給が試みられるそうです。
「だから待機するべき」ではなく、「だから移動するべき」と考えたほうが良いでしょう。

たとえ夜間であっても、
1)あらかじめ目的地の宿を確保した上で、
2)運転に慣れた各地のタクシーをあらかじめ電話予約し、
3)一時間程度の距離を進むたび予約しておいた現地タクシーに乗り換え、
ピストン輸送してもらうなどして目的地まで「移動」する。
これならガソリン不足を気にして長距離を嫌がる現地のタクシーも対応してくれますし、
常に現地の地理に慣れた運転手がいることでいざというときに困ることが少なくなります。

これが最善である可能性が高い、と言うことをご報告させていただきます。

●住んでいた場所を離れることは大半の方々にとって心理的苦痛を伴いますし、
安全な場所にいる者も、むやみと「移動」を勧めてよいものか迷うため、
様々な言い分を立てては、「待機」を選びます。

しかし被災者や、その周辺地域に住む者が、一人でも多く、長くとどまるほど、
その後の救災の労力は増えます。水・食料・ガソリン等は到底、間に合わなくなります。
ライフラインが回復するまで待機する、ではなく、
ライフラインが回復するまで別の場所に行っている、とするべきでしょう。

実際にライフラインが回復したとき、被災地やその付近で待機していた期間が一日でも長いほど、
病人やけが人が増加・深刻化する可能性があり、
現地で消費されたため改めて支援されねばならない物資は増え、
溜まった汚物等を洗浄したりするための水なども、余計に多く必要になります。

もちろん実際に移動するかどうかは現地にいる人々の判断次第ですが、
移動するための情報があるのとないのとでは心理的に天と地です。
「チケットをとってあげるから」「二時間並べばバスに乗れるから」と言われて動く気になる人もいます。

また、現地にいる人々の努力だけでは情報は手に入らず、
より状況が悪い場所へ移動してしまう可能性もあり、そのせいで「待機」を選んでしまいます。
「どこどこは水がないから行くな」「どこどこは電話で確認したところ水道が生きている」といった
情報だけでも、移動する気力につながります。

●太平洋側一帯に親戚・知人友人がおられる方は、出来る限り「移動」を勧め、
ナビを助けてあげて下さい。
また、「確実な移動手段」を、今のところは個別に教えてあげて下さい。
組織的に行うのは現時点では無理ですし、変化する状況に追いつけません。し、
「このサイトで調べればいいよ」「県庁に情報提供したよ」といった
漠然とした指示や行為は、あまり効果がありません。


●なお、組織的な発表や支援は、しばらくは期待できません。
支援に来られる自衛隊などプロの方々は、もちろん頼りとすべき存在です。
しかし彼らは一様に、避難者の「待機」や「救出」を大前提として訓練されています。
訓練された以上のことは彼らにはできませんし、被災者の健康保全などは無理です。
何より、現在の状況は、彼らが経験した訓練の「想定外」であるということを、ぜひ知っておいて下さい。

「こんなこと誰も経験したことがない。その場その場で対応していくしかない」と、
米沢のホテル関係者が言っておりましたが、至言だと感じました。
ガソリンを積んだタンクローリーに警察が付き添う光景など、誰が想像できたでしょうか。


※我が家への支援は、しばらく必要なさそうです。
重ねて、ご支援下さった方々に深く感謝申し上げます。

冲方丁拝

2011年3月2日水曜日

※本日のお知らせ※


第二回「OPEN-冲方」IN阿佐ヶ谷ロフト、無事開催終了。
 ご来場いただきました皆様に大感謝です。
 スランプ冲方、初の公開土下座でございました。
 プレゼントを下さった方々、ありがとうございます!
 ケーキは打ち上げの席でスタッフ一同、美味しくいただきました。

 スランプ脱出当日に書いた『光圀伝 第三話』は、角川書店【野性時代】にて掲載です!


3月5日 福島県・フォーラム福島にて舞台挨拶をします。
 『マルドゥック・スクランブル第1部圧縮』上映初日3月5日の13時より舞台挨拶。
 前売り券1400円。
 登壇 冲方丁/原作者・脚本  中西豪/プロデューサー
 ※初日のみ、招待券および割引券はお使いになれませんのでご注意下さい。

 フォーラム福島 http://www.forum-movie.net/fukushima/