2017年3月20日月曜日



 今日も今日とて本棚ご紹介。
 第何弾だっけ。よくわかりません。もう最近、疲れて仕方ありません。回復能力が衰えているんでしょうか。『ウィッチャー』なら正座して瞑想するだけでアイテムまで回復するのですけれど。仕事でぜえぜえ息を荒げているところへ気分転換に世間のニュースを見ると余計にぐったり疲れます。なんですか最近の世の中は。もう少し落ち着いてください。現実が騒がしいと一部のエンタメしか売れなくなるじゃないですか。

 という、ちょっと心がぎすぎすするようなときにお勧めの本が、画像のあれやこれや。アマゾンにリンクを張るとかは疲れすぎてできませんので検索してください。
 どの本もだいたい20年くらい本棚に置かれ続けているのかな。確かそんな縛りだった気がしますが誰が決めたんだっけ。お前か冲方。なんでお前は自分の首を絞めることばかり。まあさておき。
 最新のニュースを見ると、世界は激動で過去に例がないむちゃくちゃぶりかと思いきや、意外に人間は同じことを繰り返しているのだなということが分かる本たち。それが救いになるかどうかは皆目見当もつきませんが、人間はさして変わっていないが、国も文化も遺伝子すらバリエーションの違いに過ぎないと思わされます。

 ちなみに日本やイギリスのような島国は、百年か五十年か、下手すると十数年で言語的感性やら社会階層やらが激変して、過去から学ぶだけでも「読めねえよ、右から左に読むのかよ」的な変動が激しいのが特徴です。それに対して、なぜか、大陸というか、でかい陸地で形成される国家や文化は、時間的にも地続きなことが多いそうです。
 特にフランスやイタリアなどの文化はかなり時代を遡った文献であっても、わりと現代と同じ感覚で読めるのだとか。中でもイタリア人で教皇軍総司令官を就任しながら実のところ一介の弁護士に過ぎなかったグィッチアルディーニさんの本なんかは、『ピルグリム・イェーガー』という漫画原作を書いていた頃にだいぶ参考にしたものですが、今では「ああ、そのころから世界は変わってないのね」という変な安心を与えてくれる本となっております。

「人に知られたくないことは常に否定せよ、そして信じられたいことは肯定せよ。なぜなら、正反対の決定的な証拠が数多くあるとしても強力に肯定あるいは否定すると、聞いている者の心はしばしば迷ってくるものだからである」……グィッチアルディーニ。
 
 昨今のオルタナティブ・ファクトも、あたかも国有地を私物化するかのような何とか学園をめぐる突飛なできごとも、メディチ家やローマの歴史を垣間見ると、本当に人類はどこに行っても、いつまで経っても、あまり変わっていないんだなと思わされます。
 IT革命とか、シンギュラリティとか、いちいち期待もなんにもしていないのは、そういう「人間の変わらなさを変える力」が果たして今世紀、というか冲方が生きている間に生まれたりするんだろうか、という気分が強いからなんでしょうね。

 ‘’信仰というのは要は頑固になることなんです。全然理屈に合ってないんですよ信仰なんて。でも頑固になることの利点は、世の中は偶然の連続なので、たまにマジで信仰が実現することもあるってことで、そうなるとその信仰する人間は手が付けられないほどビッグになったりするから、まあ侮れないんですよ‘’というようなことをグィッチアルディーニさんは仰っていて、まあその通りなんだなあと思わされます。

 画像にある他の三冊も、そうした「理屈に合っていないんだけれども人間としてどうにもこうにも不変である本質」について書かれた本たち。
 二十歳でこんなのばっかり読んでたのか。もう少し遊んでいいんだよ。と思いつつ読み返すと妙に安心させられるのでした。ああ、疲れた。寝よう。


2017年3月6日月曜日



本日の本棚ご案内。
というか、そんなタイトルだったっけ。まあ細かいことはさておき。アマゾンさんから広告的なHTMLをコピペすると良いことあるよと逐一メッセージされて従っていたが大変面倒なのでもうやめます。

作家だからか愛読書ばかりインタビューされるんですが、音楽だって聴きますよ冲方は。エモーショナルなひとときがなければ書けませんよ小説なんて。
そんなわけで今は昔、思春期を発展途上国のカオスな熱気に炙られた冲方がまさに中二の十四歳で帰国し、最も肌にしっくり来たついでにインスピレーションの数々でノックアウトされたのが「ZABADAK」でした。
今は亡き(本当に餓死した)先輩から勧められたのがきっかけで、表紙が敬愛してやまない天野喜孝さんだったり、素敵なフレーズにめくるめいたり、どこの国の人が作ったんだろうと真面目に考えるような音色だったり、平沢進も大好きですが、吉良知彦さんも大好きという、そんな感じです。あっかーいー、めーだーあーまーのー、さっそーりー♪

宮沢賢治の「けれども、わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんとうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません」というフレーズ。がっでむ、ごーじゃす! なんてこと言うんだ! 素敵すぎる!

『砂煙りまち』の「時計を鏡に映してみる」「言えなかった言葉 部屋中を探して その亡骸を 送りたいあなたに」といったフレーズ。ごーじゃす! 気絶しそうだ!

オボワ(フランス語)。今聴き直すと、若い頃はめちゃ影響受けてますよ。「言葉の亡骸」とか『ばいばい、アース』でたっぷりリスペクトですよ。この曲を聴いたときに、風聞の鳥のイメージが、ぶわっとね。羽の一つ一つにメッセージを持った鳥が飛んでるところがね、どっかから出たのを思い出しましたよ。誰かの思いがね、芽生えて飛ぶ鳥がね。世界を穿って存在しろとね。19歳のときにプロット書いたからね。許して。
「鏡に映してみる」とか、巡り巡って『テスタメントシュピーゲル』でどっと何かがきた感じがしますね。鏡合わせというキーワードには、時間を巻き戻して過去と向き合う(時計を鏡に映すと逆向きに動くからね、あえて説明するのも野暮だけどね)という何かそんな感じのなんかがあるんでしょうね。
懐かしすぎてちょっとひたりながら聴きたくなりました。ひたります。じゃ。