2017年2月12日日曜日

谷口ジロー作品

本日の本棚。

先日ネットで訃報に接し、哀悼の意とともに、もう長いこと本棚に置かれ続けている作品群を手に取りました。

「BENKEI IN NEWYORK」のダークな都市描写も、「孤独のグルメ」のユーモアも、夢枕獏先生原作の「餓狼伝」「山嶺の神々」の熱量も、どれもこれも愛してやみませんが、ここでは過去の日本の風景を描き出す「明治流星雨」「風の抄」を挙げたい。

谷口ジロー・関川夏央、両先生タッグの作品に初めてふれたのは「明治流星雨」(全五部)で、確か自分がデビューした頃のこと。作家を志す者として、美しい構成とセリフに惹かれる一方、わけのわからないほどの画力と、わけのわからないほどの人物達の目力に、すっかり引き込まれた。
文も絵も、細部に注目しながらカメラ自体は後方へ置く。ただ俯瞰するのではなく、人と風景を、ひとつながりの生きたものとしてとらえる。言うは易しで、どうしたらその視点の置き方、距離感を学べるのかと、何度となく読み返してきた。

「明治流星雨」の序盤、夏目漱石が「無用の人」となる晴れ晴れしさを思いつつ、今は、幸徳秋水の背を描いた第四部につい手が伸びる。全編を通して、目標を失った国家の苛立ちと騒擾をきたす民衆を背景に、文筆を頼りに生きる者達が混乱と先鋭へ向かう様が描かれる。
何か、現代の鏡写しのようだ。

「風の抄」では初めて「黒鍬」という言葉を知った。戦場で死者を埋める役を担ってきた者達だ。以来、ことあるごとに「くろくわもの」を書きたい、と思い続けている。
(昔、富士見書房で書いた「カオスレギオン」でその要素を入れ、タイアップ中のゲームと異なる設定になったが、担当編集者の尽力とゲームのプロデューサー側の寛容のおかげで、望み通り書かせて頂いた)

様々な作品を通して多くを学ばせて頂きました、谷口ジロー先生のご冥福をお祈りします。