2015年8月15日土曜日

【創作四方山話 薄い本とニュース番組とコマーシャル】

薄い本、という言葉があります。もっぱら同人誌のことを指すようですが、そもそも「本を薄くする」というのは大変な技術です。
情報を限定し、極端に短い尺で何かを創作するというのは、大勢の人々による技術の蓄積がなければできないことです。
その昔、「やおい」という言葉の意味を聞いて驚いたことがあります。「やまなし・おちなし・いみなし」のことだそうで、もしかすると自虐的なニュアンスもあるのかもしれませんが、これは実は、とても高度な技術です。
盛り上がりを作らない。結末を求めない。意味づけや価値づけをしようとしない。それ以外の要素の中で特に描きたいトピックを抽出して描く。

これとまったく同じことをしているメディア(ジャンル)があります。
ニュースです。
テレビのニュース番組、ラジオ番組、新聞記事、ニュース・ブログなどは、可能な限り短い尺で、正確に情報を伝えようとします。
そのためには実際に起こった出来事や、様々な主義主張の核心となる部分のみを抽出しなければなりません。いわば徹底的に情報を煮詰め、その上澄みの部分を提供するわけです。
さらには、情報を公平に伝える上で様々なルールがあります。
勝手に山場を演出してはいけません。どういう結末になるかあらかじめ決めるのは不可能です。特定の人間や企業にとって有利になるような意味づけや価値づけをしては公平性が失われます。
これらのルールは、「人のものを扱う」という大前提のもとで築かれてきました。

ニュース・コンテンツの多くは、自身の体験を報道するわけではありません。常に、取材対象の権利やプライバシーとのせめぎ合いがあります。その点で、既存の商業作品を題材にとる二次創作とも似てくるのでしょう。

遠く広く普及したものを、身近な創作の場へと引き込む、二次創作。
世間一般からトピックを抽出し、独自の報道とする、ニュース製作。

これらは、目的の違いはさておき、非常に似ているのです。
もし「薄い本を上手に作りたい」なら、まずニュースの技術を学ぶことで、より効率よく描きたいことに焦点を当てられるようになるはずです。

ところで。
ニュースも、ときに、意図的に盛り上げを助長し、結論めいたことを告げ、意味や価値を訴えることがあると思われるでしょう。ですが、それらは本来、ニュースではありません。全て、コマーシャルの文脈です。

コマーシャル(広告)とは、物語作りの一種で、「あるものごと(商品等)の価値を高めるために、本来関係のない物語を与え、別の印象を作り出したり、もともとの意味を強めたりする」行為です。
自分のものではない題材(商品)を扱うという点では、ニュースに似ています。異なるのは、題材(商品)の価値づけに協力するという点で、創造性やオリジナリティを強く要求されます。
目の前にある事実を報道するニュース(ジャーナリズム)本来の文脈とは異なります。

ただしニュースには人の目が集まるため、そこにコマーシャルを載せることが昔から世界的な習慣となってきました。コマーシャルは、ニュースと表裏一体となりながら発展し、ニュースにはできない情報提供をしてきたといえます。文化として非常に新しく、現代で最も多く創られている物語の形といえるでしょう。
その特徴は、「端的にものごと(商品)の価値を伝える」ことです。ニュースの形態に従っているため、多くは短く、ショート・ショートのような物語作りが沢山行われています。
ときには、玩具を題材としたテレビ・シリーズなど、長期的な娯楽作品の形態をとることもありますが、本質は変わりません。あくまで「端的に商品の価値を伝える」ための物語です。

ニュースとコマーシャル。
一方は「情報を抽出して伝える」、他方は「別の物語を付与して価値づける」。
現代人にとっては無意識に刷り込まれるほど見慣れた文脈です。
そしてどちらも、自分のものではない題材を扱うという点で、二次創作と文脈が似ているのです。

二次創作は、情報を抽出するときにはニュースの技術を、自分の創作にするときにはコマーシャルの技術を使っている(使うと効率良く作れる)、というとわかりやすいでしょうか。

次回は、ニュースやコマーシャルにまつわる技術の中で、特に学びやすく、応用できるものは何か、検討してみたいと思います。