2009年10月24日土曜日

※本日のお知らせと記事※



 九月の連休災害(ハザード)の影響によりブログの更新が滞っているうちに気づけば発売。
 出し直した方が売れた、というのは書き手としては心中複雑ではある。
 それにしても豪華な新装改訂版ではなかろうか。こんなに豪華にしてしまっていいのだろうか。書き下ろしでやってもらった方が良かったのではなかろうか。とはいえかなり修正したので半ば書き下ろしのようなものではあるのだが。
 ゲーム・コンセプトをそれほど逸脱せずに修正ができたのは個人的に幸いであった。ノベライズというものは、いかにして本来の作品の「隠されていた可能性」を提示するかが問われるジャンルであると思う。それは既存の作品を忠実に再現するときも変わらぬテーゼであると確信している。
 ところで新装版の後書きでは割愛したが、実を言えば『ストーム・ブリング・ワールド』は「最終巻」までプロットは作っていた。諸般の事情で執筆が見合わされたが、大きな理由は一つに書き手の成長が急カーブを描き、色々とそぐわなくなっていたからだ。アニメ業界の初経験が大きかったのかもしれない。既存の作品において見いだせるものではなく、自分の内側に見いだしうるもの全てを優先すべき時期にさしかかったわけである。それではノベライズはできない。女神カルドラと同等の存在がぼんぼん出てきたら、もはやカルドセプトではなくなってしまう。
 ついでに言えば、少年少女が旅の過程でどんどん大人になっていく物語というのも、どうやら見事にライトノベルの枠組みから外れてしまうように思う。そういうわけで書かずじまいとなった。
 いずれにせよ旅立ちにおいて終わるのは少年少女もののテーゼとして非常にまっとうであるように思う。旅立ちののちの成長は、どのように工夫したところで、大人への道のりになる。それでも大人にならないまま描き続けるとしたら、結局は、無限の「旅立ち」の繰り返しとなる。とすれば最初の二冊で書くべき事は全て書いている。
 一方で、リェロンやアーティといった人物たちを前作から抜き出し、カルドセプトともライトノベルとも関係のない、新たなファンタジー作品を書くことも勧められた。これについては書き手の中でも、ずっと検討が続いているが、まだ明解な答えは出るに至っていない。